週報から このページでは毎週週報に掲載する牧師コラムを紹介します。


2012年8月5日 知恵とは何か
 (主任牧師 東風平巌)

8月からは列王記の学びに入ります。そのトップバッターとして躍り出る主役がダビデ家の七男ソロモンです(実際にはもう一人兄がいたが生まれてすぐに亡くなった)。七男と聞くとちょっと驚きですね。しかも彼の母親は、あのバトシェバです。神の摂理の深さに脱帽です。

ソロモンは夢の中で神に「なんでも願うものを与えよう。」と言われます。彼は自分には大勢の民を裁くだけの十分な知恵がないので、「正しく裁き、善と悪を判断するための心」を下さいとお願いします。神は彼の願いを喜び、彼の願いどおり「知恵に満ちた賢明な心」を与えます。それだけでなく、富と栄光も与えると約束されます。ソロモンはそこで夢から覚めます。

その後の彼の人生を見てみると、どうやらこの夢は正夢となりました。ソロモンが最初に裁いて多くの人たちを驚嘆させた二人の遊女の裁判(列王記上3:16−27)は、そのはるか後に日本の有名な大岡裁きに影響を与えたとも言われています。

ソロモンの知恵や富の噂はあっという間に世界中に知れ渡り、多くの外国の知識人たちも彼の知恵のことを聞きに彼のもとを訪れるほどでした。それほど多くの人々を驚かせたソロモンの知恵とはいったいなんだったのでしょうか。

ソロモンは箴言の中で「主を畏れることは知恵の初め。」と書きました。知恵(wisdom)と知識(knowledge)は違います。知識は単に何かを知っていることですが、知恵とはどのように局面を打開するかという状況判断力です。知っているだけで実際にそれを利用できなければ何にも意味がありません。

ソロモンは本当の知恵というのは「主を畏れること」から始まるのだ、と言いました。知恵を与えられるのが主ですから、考えれば当然のことなのですが、それを知らない人がなんと多いことでしょうか。自分で知恵を得られると思っている人があまりに多いのです。そのような知恵は空しいだけです。

私たちも主を畏れ、正しい知恵を求めましょう。仮にあなたの夢の中で神様が欲しいものは何か尋ねたら、ソロモンのように神の御旨に適う答えが言えるといいですね。もしかしたら正夢になるかも・・・。


8月12日 主の栄光と人の栄光 (主任牧師 東風平巌)

ロンドンオリンピックもいよいよフィナーレを迎えます。連日日本人選手の誰々がメダルを取った、といった報道がなされ、笑顔いっぱいの写真と共にクローズアップされています。日本人としてやはり日本人選手の活躍はやはり嬉しいものです。その裏で、期待されたような成績が取れず落胆し涙する選手たちがいます。勝負とは非情なものです。勝利の裏には必ずその何倍の数もの敗北者がいるのですから。

オリンピックは本来個人個人の実力、あるいはチームとしての力が試される場でありますが、国家間の威信をかけた戦いにすり替えられてしまう場合があります。選手は自分のためや誰かのために戦うのでなく、国の栄光のために戦う道具として利用されるのです。勝って金メダルを取れば国の栄誉を守ったとして表彰され、負けると国の栄光をけがしたとして、すさまじいバッシングを受けるのです。このような環境で戦わされる選手たちは可哀そうです。

一方で、人のためでも国のためでもなく、別の目的のために戦うアスリートたちもいます。彼らの目的はスポーツを通して神に栄光を返すのです。映画「炎のランナー」の主人公でイギリスの短距離選手として金メダルを取ったエリック・リデルは、まさにそのような選手のうちの一人です。彼らは仮に負けても過度に失望しません。神は勝負の勝ち負けにこだわる方でないことを知っていますから。ただ神の栄光のために走ればいいのです。

私たちの人生も誰に栄光を帰すのかによって、その内容が全く違ったものになります。最高の人生は、神に栄光を帰す人生です。「だから、あなたがたは食べるにしろ飲むにしろ、何をするにしても、すべて神の栄光を現すためにしなさい。」とパウロが勧めたように、生きる目的を神に持ってくることです。神は必ずそのような人生を祝福してくださいます。

ソロモンが豪華絢爛な神殿を建て終わって聖別した時、自分に栄光を帰するようなことはせず、かえって自分を無にして完全に神に栄光を帰しました。その宮はあまりに素晴らしい主の栄光に満ち、仕える人たちが奉仕が出来なくなったほどでした。私たちの教会もこのように主の栄光に満たされた教会でありたいと思います。


8月19日 キャンプの恵み (主任牧師 東風平巌)

今月7〜10日まで、OBC中高生キャンプにスタッフとして参加しました。私自身も30年前の中学生の時にこのキャンプに参加し、イエス様を信じてバプテスマを受ける決心をしましたので、このキャンプへの思い入れはとても強いものがあります。

先週の礼拝では小禄教会から参加した東風平蒔人兄(高1)と賀数まり姉(中1)の二人がキャンプの感想を証ししてくれましたので、その内容が少し皆様にも伝わったと思います。キャンプは若い魂が霊的にぐんと成長するまたとない機会ですので、これからも小禄教会は積極的に中高生を送り出し、全面的にバックアップをしていきたいと思います。

私たち家族は長男の蒔人を除いて16〜18日まで、今度は石嶺バプテスト教会のCSキャンプに特別に加わらせていただきました。ここでもまた、子どもたちがのびのびと自然とふれあい、御言葉にじっくりと耳を傾ける時間が多く持たれ、本当に有意義な時となりました。目をキラキラと輝かせて神様の造られた自然の中に身を委ねる子どもたちを見ていると、大人である私の方が癒される思いがしました。

小禄バプテスト教会では今年からCSを再出発させて、少しずつ盛り上がりを見せ始めています。今週の土曜日には夕涼み会もあります。将来的には小禄バプテスト教会独自のキャンプが開催できればと、上記二つのキャンプに参加しながら思いました。必ずや豊かな恵みを受けることが出来ると信じています。

ところで、キャンプは子どもたちの専売特許だと思ってはいないでしょうか?確かに一般的に教会のキャンプは子どもたち中心になりがちで、大人はといえば、そのサポート役として奉仕に没頭することが多いものです。しかし、大人も楽しみ、大人も学べるキャンプというのもあるのです。そのような大人のためのキャンプを積極的に取り入れることによって成長している教会を知っています。

「でも、忙しくてキャンプに行く余裕がないなあ。」いえいえ、そのように考える人にこそ、キャンプは必要かもしれません。日頃仕事や家庭で抱えている責任と重荷を少しだけ脇に置き、神さまの語る声にじっくり耳を傾けるそんなひと時が求められているように思います。


8月26日 宣教の実践 (主任牧師 東風平巌)

今日の聖書のテーマから思いっきりずれることをご容赦ください。(よくあることですが・・・)

「宣教の実践」とは9月4日から8日までクアラルンプールで行われるアジア太平洋バプテスト大会の分科会でリーダーである私に与えられたテーマです。確かに私はネパールで宣教師として8年以上活動していましたが、私以上に宣教のノウハウを知り経験を重ねておられる方が数多く出席される中で、このテーマで分科会をリードするのはさすがに及び腰気味です。私が十分な責任を果たせるようにお祈りください。

このテーマについて調べている中で、多くの気づきが与えられました。皆さんはホーリスティック・ミッション(Wholistic Mission)という言葉を聞いたことがありますか?これは全人格的宣教とも訳せる言葉で、伝道による霊的救済はもちろん、飢餓、紛争、環境問題、被災地への支援活動、さらには国家の政治的構造にも積極的に働きかける宣教のあり方です。世界の教会が過去に行ってきた宣教の成果が見直される中で、より聖書的でより効果的に必要に応えるべく、自然に湧き出た宣教の概念です。しかし何も難しい考えではありません。イエス様が地上に遣わされている間行った働きこそがホーリスティック・ミッションなのです。伝え、教え、癒し、憐れみを分かち合う働きです。(参照:マタイによる福音書9:35−38)

この時代、この日本において、もちろん沖縄においてもこのホーリスティックミッションは必要です。イエス様の生き方を真似るのです。99匹の羊を野原に残しても失った1匹を探しに出かけるイエス様。悪霊に取りつかれた人を解放するために出かけたイエス様。夫と死に別れ、失望と恥の中を生きていた女性に語りかけられたイエス様。私たちの宣教の最高のモデルはイエス様ご自身です。

私も牧師としてこの宣教の実践がまだまだ足りないことを大いに反省します。皆さんと共にイエス様の姿に似る者とされるように、そして小禄バプテスト教会がますます積極的に宣教を実践する教会になるよう共に祈っていきましょう。この会堂が主を求める人々、主を喜ぶ人々にあふれ、神の臨在に満たされますように。ハレルヤ!


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